大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和56年(う)1319号 判決

裁判所書記官

田中和夫

本籍

神戸市東灘区御影本町六丁目五七四番地

住居

兵庫県西宮市田代町一四番三号

会社役員

増谷晧

昭和四年九月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五六年六月一二日神戸地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 八木廣二 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人北元正勝作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官八木廣二作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

一、事業所得の必要経費に関する事実誤認の主張について

論旨は、被告人は事業として自己所有の神戸市兵庫区鳥原町所在の山林約六、五三一坪を宅地造成のうえ売却しようと意図し、保安林指定の解除申請、資金準備等にあたったものであり、資金の引受けを約していた共同出資者がこれを履行しなかったため、右解除申請の認可が得られず、同事業は失敗したけれども、昭和四四年中に支出した保安林解除申請費及び土地管理費二四〇万円、共同出資者に対する民事訴訟のための弁護士着手金九〇万円、昭和四五年中に支出した右土地の境界明示費及び管理費一四六万円は、それぞれの年度の事業所得に対する必要経費として控除されるべきであるのに、右の控除をしなかった原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるというのである。

所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、所得税法上の「事業所得」における「事業」というには、取引が営利を目的として反復継続して行われることを要求すると解するのが相当であるところ、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は、昭和三八年に本件山林を当時の所有者の銀行に対する債務を肩代りして取得したもので、当初から造成売却する目的があったわけではないこと、被告人は当時宅地建物取引業法上の資格を持たず、他にも自己名義の土地を所有するが、実際に宅地造成のため奔走したのは本件山林のみであること、昭和三八年八月二一日被告人、中尾研作、尾崎末吉及び村上辰雄の四名間で中央産業株式会社を設立して不動産業を営むものとし、本件山林を含む土地を被告人から中央産業に譲渡する旨の覚え書が交わされていること、昭和三九年三月一五日菱和不動産株式会社専務取締役となっていた前示中尾との間で本件山林の造成費等は同社で引き受ける旨の約定が成立したが、昭和四一年に中尾は専務取締役を解任され、そのころには同社においても親会社の三菱地所株式会社においても右約定を履行する意思の全くないのが明白となり、資金面で宅地造成の可能性がなくなっていたこと等の事実が認められ、これらの事実に徴すると、本件の一連の行為は反復継続的なものとはいえず、「事業」には該当しないと考えられる。そうすると、所論指摘の諸費用を必要経費として控除しなかった原判決には所論のような事実誤認は存せず、論旨は理由がない。

二、菊屋興産株式会社に対する貸付金利息及び貸倒損に関する事実誤認の主張について

論旨は、原判決は被告人の菊屋興産株式会社に対する昭和四五年中の貸付金利息を三八五万円、貸倒損を一六〇万円と認定したが、被告人は貸付金利息を受け取っておらず、また貸倒損は実父義雄から譲り受けた焦げ付き債権を合わせて四、五八三万円であるから、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるというのである。

所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、被告人は、捜査段階においては、昭和四五年末における実父の菊屋興産に対する貸付金残高は三、八七〇万円で被告人の貸付金残高は一六〇万円、同年中における同社からの受取利息は七七〇万円ないし八〇〇万円位でそのうち被告人分は三八五万円である旨供述している。ところが、原審公判に至ると、陳述書(三)(昭和五五年七月一五日第五五回公判で取り調べずみ)において、昭和四五年中の同社に対する被告人及び実父の貸付金総額は六、九一〇万円でそのうち被告人分は一、九一〇万円、元本回収額は一、七〇〇万円でそのうち被告人分は二〇〇万円、受取利息は六九二万円でそのうち被告人分は五七万円であると述べ、昭和五六年一月一六日第五八回公判においては、昭和四五年一二月初旬に実父から菊屋興産に対する貸付金債権を譲り受けたので、同社に対する未回収の貸付金はすべて自分のものである旨供述し、昭和五六年二月六日第五九回公判においては、実父から譲り受けた債権額は全額ではなく、焦げ付き分二、五〇〇万円位であるなどと述べ、一方昭和五六年二月六日付「菊屋興産株式会社(現淀産業)に対する融資明細表」においては、貸付金総額六、二八三万円、回収元本一、七〇〇万円、貸倒損金四、五八三万円、受取利息五二九万円としており、内容が一貫しない。被告人が原審公判で主張する数額は土田撻三郎の原審証書、検察官調書、増谷悦子の原審証言等に照らし根拠のあるものとは考えられず到底措信できない。他方、菊屋興産に対する貸付は全て被告人名義でされており、これを借受けた同社代表取締役土田撻三郎においては、貸付金と利息が被告人とその実父のいずれにどのように帰属するのかその内部関係の実際について認識していなかったことは、土田の原審証言及び検察官調書によって明白であり、他にこれを明らかにする資料も存しなかったのであるから、取調官においても被告人の自発的な供述に俟たなければこれらの事実内容を知り得なかったものであるところ、このような状況の下で被告人が、殊更事実に反して、自己に不利益に帰するように、所得となるべき右菊屋興産からの受取利息を事実より多く述べたり、また、同社に対する貸付残金は同社の倒産のため貸倒損である旨主張しながらその損金となる貸付残金を殊更寡少に述べたとは思料し難く、菊屋興産に関する受取利息および貸付残金についての被告人の検察官・大蔵事務官調書は信用できると解するのが相当である。そうすると、右調書の記載どおり昭和四五年における被告人の菊屋興産に対する貸付金利息を三八五万円、貸倒損を一六〇万円と認定した原判決には所論のような事実誤認は存せず、論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上幸太郎 裁判官 逢坂芳雄 裁判官山田和夫は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 村上幸太郎)

昭和五六年(う)第一三一九号

控訴趣意書

所得税法違反 増谷晧

右の者に対する頭書被告事件につき、昭和五六年六月一二日神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴を申立てたが、その趣意は左記のとおりであります。

昭和五六年一一月六日

右弁護人

弁護士 北元正勝

大阪高等裁判所

第六刑事部 御中

原審判決は被告人に対し、「懲役六月及び罰金四〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労使場に留置する。本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する」旨の言渡しであるが、次に述べる二点につき事実誤認があり、延いては刑の量定にも影響があり、到底破棄を免れないものと思料しますので、更に御審理のうえ適切な判決を賜わりますよう御願いします。

第一、宅地造成事業に伴う必要経費について

一、被告人は昭和三八年神戸市兵庫区鳥原町の山林約六、五三一坪を購入し、これを宅地造成して売却し利益を挙げようと目論み、先ず同年八月二一日頃、三菱系の菱和不動産株式会社社長中尾研作との間に、本件土地の宅地造成資金引受契約を結び、土地宅地造成事業を始め、保安林解除申請を神戸農林事務所に為し、着々事業計画を推進したのである。

ところが、土地造成費拠出をめぐって、前記会社との間に紛争が生じ、昭和四四年六月、右会社を相手に神戸地方裁判所尼崎支部に契約履行請求訴訟を提起した外、事業資金の援助を受けていた田中定雄から右山林の売買申立があり、これに対する執行停止の仮処分をなす等打開工作に経費を注ぎ込んだのである。この事業が成功すれば、被告人は宝塚市にも、小豆島にも山林を所有しており、次々宅地造成をする予定になっていたが、最初に手掛けた事業に挫折したので、引続き施行予定の事業を継続することができなかったのである。

二、原判決は所得税法上の事業というためには、それが営利を目的とするものである外、反復継続的なものでなければならないとし、又不動産の売買、仲介等を業として行うために必要な宅地建物取引法上の登録、免許、取引主任者の設置等の手続の採られていることが不可欠条件であり、被告人には以上の事実がないので宅地造成を事業とするものに該当しないというのである。

しかしながら、最高裁昭和三三年一〇月二二日第三小法廷判決は、

所得税法に所謂事業とは、一般社会通念上事業と認められるもの一切を総称している。…………事業とは利益を得るためにする組織的な所為の綜合である。

としている。

被告人は前記の如く、その取得した前記土地につき、宅地造成を企図し、菱和不動産株式会社と宅地造成資金引受契約を締結し、保安林解除の申請等着々宅地造成事業に従事したものである。またこの事業によって利益を挙げれば、前記のとおり、次々宅地造成事業を行う予定であったので、営利性、継続性、独立性から看ても、税法上事業と謂うことが出来るものである。

したがって、昭和三九年一二月一一日福井地裁判決のとおり、被告人がこれを職業として、常に行動しなくとも、人的、物的の施設など、具体的に備えなくとも事業の認定に差支えないのである。

また、その事業を行うについて、被告人に宅地建物取引業法上の登録、免許、取引主任者の設置等の手続をしていなかったことを事業否定の理由の一に挙げているが、昭和二六年五月三〇日大阪地裁判決、昭和三九年八月三一日名古屋地裁判決に示す如く、その事業が個々的に法律上廃止されていても、届出なしの事業であっても、税法上事業の認定には差支えないのである。

三、果して然らば、被告人が右宅地造成地の保安林解除申請、土地管理費として、新扶桑設計事務所岡本祥三朗に支払った昭和四四年六月四日の金二四〇万円、同年九月八日頃、右土地について前記宅地造成資金引受契約に基づき、菱和不動産株式会社を相手取り、神戸地方裁判所尼崎支部に提起した同庁昭和四四年(ワ)第五四三号契約履行請求事件について、訴訟代理人弁護士入江弘に支払った着手金九〇万円、昭和四五年一〇月二二日右土地の境界明示費並びに管理費として、前記岡本祥三朗に支払った金一四六万円は、夫々支出した年度の必要経費として、その所得より控除されるべきである。

第二、菊屋興産株式会社関係の貸倒による損金控除について

一、原判決は菊屋興産株式会社よりの利子所得から、昭和四五年度に支払った右会社に対する破産申立事件の着手金として弁護士費用金一〇〇万円を差引いたのみで、同年度の被告人の課税所得を認定し、その根拠として、右会社の元代表取締役土田撻三郎の検察官に対する供述調書、被告人の検察官に対する供述調書を証拠として採用しているのである。

二、しかしながら、原判決は次に述べる虚大な事実を看過又は無視して、誤った事実認定をしているのである。

すなわち、

1 前記土田撻三郎は昭和五一年一一月八日の公判期日に出廷して、

被告人との貸借については記憶はなかった。検察官調書末尾添付の一覧表は八〇%正確ではない。と述べているのである。したがって、同人の不確実な計算を基礎とした起訴事実の誤りであることは明白である。

2. 被告人が右土田撻三郎に対する破産申立、手形訴訟提起のため、昭和四五年一二月下旬頃、弁護士光辻敦馬に預けた右土田振出の約束手形、領収書、訴訟関係書類等により、被告人が、菊屋興産株式会社に貸付けた金額、収受利息額、同会社が昭和四五年一二月末倒産し被告人等の貸付債権が焦付いた債権額等が明確となっており、この物的証拠を基礎とした事実の方が信憑性がある。

3. 大阪国税局査察官野村一夫が昭和四八年三月頃、被告人方に持参した更正決定通知書の修正貸借対照表によると、被告人らの右会社に対する貸付金は、

金六二、一〇〇、〇〇〇円

で、被告人等の出資区分は、

増谷義雄分、金一九、七〇〇、〇〇〇円

被告人分、 金四八、四〇〇、〇〇〇円

貸付債権の回収元本は

金一五、〇〇〇、〇〇〇円

となっているのである。

右貸借対照表は、本件検察官の起訴当時、国税局査察官より、検察官の手許に届いていた筈であるのに、検察官は曖昧な前記土田撻三郎、当時記憶の定かでなかった被告人の供述を基礎にして、

被告人らの右会社に対する貸付金は

金六六、〇〇〇、〇〇〇円

とし、被告人らの出資分は、

増谷義雄分、金四六、四〇〇、〇〇〇円

被告人分 金 一、六〇〇、〇〇〇円

貸付債権の回収元本は、

金二七、〇〇〇、〇〇〇円

とし、貸倒損金は、

金三九、三〇〇、〇〇〇円(被告人の貸倒損金一六〇万円)

受取利息は

金一二、八六六、二〇〇円

で、被告人の取得は、

金 三、八五〇、〇〇〇円

と認定したのである。

何故に両者の間に、基礎的計数において喰違いがあるのであろうか。これは畢竟、捜査段階においては、物的証拠もなく、不確実な供述をする土田撻三郎と被告人らの供述を基礎において認定した過誤によるものである。少なくとも、控訴審において、昭和四八年三月頃、大阪国税局査察官野村一夫が被告人方に持参した更正決定通知書の修正貸借対照表の作成経過を明らかにして、被告人の対菊屋興産株式会社関係の収支を明確にする必要がある。

三、捜査当局の押収を免れた約束手形等の証拠書類によって明確にし得た対菊屋興産株式会社の収支は、

被告人らが右会社に貸付けた金額は、

金六二、一〇〇、〇〇〇円

出資者区分は、

増谷義雄分、金四七、〇〇〇、〇〇〇円

被告人分、 金一六、五三〇、〇〇〇円

貸付債権の回収元本は、

金一七、〇〇〇、〇〇〇円

貸倒損金は、

金四五、一〇〇、〇〇〇円

受取利息は、

金 五、二九〇、〇〇〇円

である。そして右受取利息は右義雄に帰属しているのである。原判決は被告人の貸付金一六〇万のみ認めたのであるが、その誤りは明らかである。

四、ところで、右会社は昭和四五年一二月末倒産した事実は、検察官、原判決とも認めているところで、原判決も被告人の前記金一六〇万円のみの貸付金を損金として、昭和四五年度の所得より控除したのである。

被告人の右会社に対する貸付金が、国税局の認定の如く、被告人が金四八、四〇〇、〇〇〇円であるとすると、回収元本金一五、〇〇〇、〇〇〇円としても、金三五、四〇〇、〇〇〇円の損金となり、昭和四五年度の被告人の所得より控除されなければならない。少なくとも菊屋興産株式会社よりの所得は零であるわけである。

また被告人が主張するように、右会社に貸付けた元本が金一六、五三〇、〇〇〇円であれば、貸倒金は約金一二、八六八、五四〇円になり、仮に右会社より受取った利息金が原判決のとおりとしても、損金より下廻り、同会社よりの取得所得は零になるのである。

五、被告人は原審において、冒頭より、右会社に対する父増谷義雄の貸付債権は昭和四五年一二月上旬頃、贈与を受けたものであると主張していたものである。

したがって、昭和四六年に右会社に対する破産申立、手形訴訟は被告人が光辻敦馬弁護士に委任して提起したものである。右義雄から前記債権の贈与を受けたればこそ、自ら破産の申立等ができたのである。この点については、控訴審で明らかにする。

原判決は被告人が父義雄より債権の贈与を受けた点についての被告人の供述が曖昧であるから措信できないと述べているが、被告人としては、右会社に貸付けた父義雄分の金四六、三〇〇、〇〇〇円のうち、回収できた金一七、〇〇〇、〇〇〇円を差引いた残り金二九、三〇〇、〇〇〇円が貸倒元本で、これが実費上、父義雄から贈与を受けた債権であると考えていたが、原審公判廷では、その金額を金二五、〇〇〇、〇〇〇円と誤って述べたもので、この点についても、控訴審で明らかにする予定である。

六、原判決も、右会社の倒産を認め、一部被告人に損金のあることを認めているので、損金の控除について、これ以上述べる必要はないものと思料するが、念のため、債権の貸倒れ等の場合の貸倒認定についての取扱いについて、国税庁長官通達(所得税基本通達五一-一八以下、法人税基本通達七八-三)のあることを付記する。

要旨

債権の回収が不可能な事実がまだ確定していない段階において、将来回収不能となる可能性が強い一定の事実が債務者に生じた場合にはその債権の一部を貸倒れと認めることとし、特定の経理手続を条件として、その事実が発生した年分(事業年度)の必要経費(損金)とする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例